初物の昼ごはん。

 

毎週月曜日の朝に行くヤマダストアで、北海道の新物の秋刀魚が目に留まりました。

 

一尾198円で、月曜の10%引きですから、迷わずに買いました。

 

今日のお昼ごはんは、炊き立てごはんと秋刀魚!

 

大根おろしとレモンを添えて。

 

昨日作ったししとうとじゃこの佃煮、海苔の佃煮、

 

白菜の漬物、じゃがいもとナスのお味噌汁と、

 

松山の土居さんが送ってくださったイチジクと。

 

 

「お!初物やな、美味い!」と岩田さん。

 

「普段のおかずやかけどね」とわたしが言うと、

 

「ご馳走やろう、これは。これを粗食、と言うたら批難ごうごうやで」と。

 

粗食とは言えませんね。

 

「まあ、純和食やな」という岩田さんに同感して一件落着。

 

美味しいお昼ごはんになりました。

 

 

 

 

庭の吾亦紅が色づいてきました。

 

台風で倒れないかなと心配です。

 

綺麗な顔をお天気のうちに撮影しました。

 

ちょっと画像は暗いですが、これから真っ赤になることでしょう。

 

岩田さんもわたしも大好な野草です。

日曜日の夜。

 

今日の夕方6時の、ちびまる子ちゃんは、

 

是非見ないとと思い、夕飯の仕度を済ませて、

 

スタンバイしていました。

 

夜7時から、町の墓地委員会総会があるので、

 

6時に食事しながら、テレビを見ようと思ってました。

 

ちびまる子ちゃんが始まり、いつもと同じように

 

歌と漫画が始まり、番組の最後に、

 

さくらももこさんが亡くなられたことと、

 

これからも番組を続けます、ということ。

 

さくらももこ先生、ありがとうございました、と

 

挨拶がありました。

 

ほんの何秒間のことだったと思います。

 

まる子ちゃんはじめ、登場人物が揃っての、

 

追悼と続投を伝えるものでした。

 

サザエさんがそうであるように、作者亡き後も、

 

プロダクションが引き続き、番組は続いていくのですね。

 

さくらももこさんがいなくなられても、まる子ちゃん達は生き続けていく。

 

ああ、よかった。

 

もちろん分かっていることでしたが、安堵しました。

防災の日。

 

ピー!ピー!ピー!ピー!

 

けたたましい音に、犬のモンモンが飛んで逃げました。

 

火災報知器の点検をしたのです。

 

今朝の神戸新聞に「火災報知器、そろそろ点検を」という記事があり、

 

岩田さんがそれを見て、

 

「うちのも、そろそろ10年とちがうんか」と言いました。

 

さっそく外して裏側を見ると、

 

2008年5月に設置しています。

 

ちょうど10年です。

 

まだ電池はあるようで、なくなる前に音で知らせる、と書いてあります。

 

どんな音だろう、興味津々。

 

「さっそく点検したんか、早いな」と

 

岩田さんはニコニコ。

 

汚れをさっと拭いて、また設置しました。

 

地震、雷が最近よくありますから、

 

おやじはともかく、火事が絶対に出してはなりませんから、

 

今日は、点検に気がついてよかったです。

 

今日から九月。

 

朝から雨が降ったり、雷が鳴っています。

 

秋雨前線だとか。

 

今日は、梨とぶどうをいただきました。

 

梨をほうばり、幸せだなあ…。

 

一気に秋の気分です。

 

 

絶滅危惧植物のスケッチ。

 

今日、お昼ごはんを早めに済ましたあと、

 

朝から岩田さんが取り掛かっていた仕事の手伝いをしました。

 

昨年の8月だったと思いますが、播磨の絶滅危惧種展が姫路市立植物園で開催されていて、

 

終わりに近づいた頃、毎日、自転車で、岩田さんはスケッチに通いました。

 

その時描いたスケッチを「岩田健三郎植物画展」として、

 

今年も「播磨の絶滅危惧種展」の中で、開催してくださることになりました。

 

スケッチを和紙に印刷し、彩色して、それを、

 

ハガキに貼る作業です。

 

和紙全体にリップのりを塗り、ハガキに貼り、シワがないようにこする。

 

植物園に5時までにお持ちします、と言っているので、急ぎの仕事です。

 

全部で何枚か知らずに始めたのですが、岩田さんが彩色をし終えた和紙が次々に来ます。

 

途中から、じつ君が手伝ってくれました。

 

糊貼りが上手にできるので驚きました。

 

3時のおやつに、パンケーキを種から作り焼いてくれたんですよ。びっくり。

 

貼り終えたものを、おじいちゃんに渡して、サインと落款を押して一枚一枚が完成していきます。

 

届ける前に岩田さんが数えたら、143枚でした。

 

「おじいちゃん、よう、こんなたくさん描いたったなあ」とじつ君が言いました。

 

わたしも同感です。

 

「スケッチも根気がいるからねえ、おじいちゃん、よう描いたったなあ」と、

 

二人で作業しながら、口も良く動きます。

 

「この草、ええなあ」とじつ君が言うような草花もあれば、地味な藻もあります。

 

一枚一枚スケッチした岩田さんにとっては、地味も派手もないかもしれませんね。

 

5時すぎ、出来上がったスケッチを持ち、3人で植物園にいきました。

 

よかった、間に合ったあ。

 

それにしても、じつ君が頼りになるなあ、と感心し、嬉しかったです。

 

出かける前に、犬を散歩させないといけないなと思っていたら、

 

「ぼくに任しとき。大丈夫、行ってきて」と言うのです。

 

ホロっとしました。

 

9月8日から30日まで、手柄山植物園で開催されます。

 

知らない植物、見たことはあるような草。

 

絶滅危惧種の植物たちに、何かを感じていただけると思っています。

 

 

 

 

知恵熱?

 

今日、注文していた岩田さんの電動自転車が届きました、と電話がありました。

 

車で行き、岩田さんは、その自転車に乗って帰りました。

 

嬉しそうです。

 

よかった、よかった。

 

自転車やさんに向かう車中で、

 

「昨日の熱は、ブログに書いてあったけど、

 

ないことに、本を読み過ぎたからと違うか?

 

智恵熱やなあ」と岩田さんが言いました。

 

あらあら、なんと失礼な、と言った後で、

 

わたしも笑ってしまいました。

 

それを受けてか、今日は、焼き鳥を食べたいなと

 

岩田さん。

 

久しぶりに、焼き鳥のりょうすけさんに行きました。

 

岩田さんは、新品の自転車ではなく、今までのに乗って。

 

初乗りは、ヘラヘラつうしんの配達のときかな?

 

ありがとう、お疲れ様、と乾杯。

 

熱をだした後ですが、体調は戻りました。

 

それにしても、智恵熱とは。

 

確かに、一日でなおりましたが。

 

違うちがう、風邪か疲れや…と

 

打ち消しながら、笑ってしまうのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

発熱。

 

いま、スイカや果物を買いに行きました。

 

昨日、しんどいなあと思っていたら、夜に体温を測ると38.6ありました。

 

あらら、また、熱かあ…。

 

喉が痛くてツバが飲めません。1時間おきにトイレに行き、よく眠れませんでした。

 

朝には、熱は大分下り微熱です。

 

今日は、岩田さんが朝の散歩に行ってくれました。

 

ひとりで朝食をとり、奈良の新風堂さんに、岩田さんは出かけて行きました。

 

今日は朝もお昼ごはんも食べられなくて、夕飯はお粥とスイカにしました。

 

ここ数日、しんどいなあと思っていました。

 

何が無理、だったのかなあ。

 

今日は午前午後、よく寝ました。

 

まだ身体の芯に疲れがあります。

 

すこし、身体の声を聞くようにしなければいけませんね。

本を読む愉しみ。

 

この二カ月ほど、寝る前に、藤沢周平さんの本を読んでいます。

 

初つばめから読み始めました。

 

岩田さんは本が好きで、読まない日はないですが、

 

10何年前の夏、この夏は藤沢周平さんの本を全部読む、と言って読みふけっていたことを思い出しました。

 

1月26日に亡くなった藤沢周平さんを偲び、周平忌として、

 

毎月26日には藤沢周平さんの作品を読むのを続ける岩田さんにとっては大切な存在なのだ、

とわたしは感じていました。

 

「初つばめ」は、江戸の市井を描いた短編小説です。

 

人間の悲哀をここまで描けるのか、とその世界に引きこまれていきました。

 

そして、岩田さんがひと夏読み、何度も繰り返し読んでいたことを思いました。

 

自分の感想や感動を言わない岩田さん。

 

わたし自身も読んでみて、感想を言わない人の気持ちを思い、気がついたのでした。

 

今、藤沢さんのひとり娘の遠藤展子さんが書かれた「藤沢周平  遺された手帳」を読んでいます。

 

手帳に残された文から、記憶を辿り、父を想う文に胸が熱くなります。

 

小説を書かねばならないー。

 

生まれてまもない展子さんを残して亡くなった妻への気持ちや、幼子を抱え、

 

企業新聞社で働きながら小説を書き続ける日々。

 

藤沢周平さんの小説が何故、人の胸を打つのか。

 

読んでいくほどに、納得し、蝉の声のように染み入ります。

 

今朝の新聞で、さくらももこさんが亡くなられたことを知りました。

 

真っ先に愛子さんが悲しむだろうなあと思いました。

 

愛子さんは、さくらももこさんの本をエッセイも含め全て読んでいました。

 

たぶん中学生だったか。

 

本を読む愉しさを教えてもらった、と思います。

 

藤沢周平さんがそうであったように、さくらももこさんも、

 

作品を書くことを愛しながら、大変な日々を送ってこられたと思います。

 

まるこちゃんの一言一言や表情や、周りの人々が、見る人や読む人の感動を呼ぶその後ろに、

 

産むための終わりのない努力や葛藤と希望があったことでしょう。

 

読む方は、空想を巡らせ、愉しませてもらう。

 

それが作者の願いだと思います。

 

今日は一日、さくらももこさんのことを考えていました。

 

毎週日曜夜に、どんなに楽しく見せてもらったか。

 

心の中で、ありがとうございます、と手を合わせました。

 

 

 

窯入れの準備。

 

窯入れの準備を朝から始めました。

 

立秋から、毎日の作業のリズムが出来たなあと思っていのですが、

 

猛暑や、台風やと、何だかんだと日延ばしにしていました。

 

いったん腰をおろすと、立ち上がる時、ヨッコラセと言う感じです。

 

月末までに焼き上げたいので、昨日あたりから、

 

ちょっとだけ、朝、気合いを入れています。

 

誰からも急かされない仕事というのは、自分次第なんやなあと思いました。

 

素焼きの窯出しをして、削り、釉薬を調整して、

 

お昼一番に釉薬をかけ、2時間ほど、お日様に当て、窯入れです。

 

夕方の外での作業なので、ヤブ蚊がブーン。

 

朝には香取線香を焚きましたが、蚊にかまってられない!と窯詰め終了。

 

火をつけて、ほっとした後に、痒みがやってきました。

 

シャツは汗びっしょり。

 

犬の散歩を済ませ、早めのお風呂、です。

 

わたしの夏休みもそろそろ終わりです。

 

今日は、宿題を済ませた感じです。

 

 

残暑の一日。

 

 

朝9時に、手柄の植物園に岩田さんを送って、

 

すぐ近くにある、姫路水族館に、じつくんとなおちゃんと出かけました。

 

開館まもないので、隣の駐車場に停められましたが、

 

帰りは、プールに行く人の車がジュズつなぎ。

 

夏休み最後の日曜日だからでしょう。

 

じつくんは、新館にある地元の淡水魚の展示が好きです。

 

名前を全部知っていて、わたしに、これ何やと思う?と聞くのですが、ほとんど分からずで。

 

なおちゃんは、楽しくて仕方ないようで、走って行くのに付いていかれません。

 

山の上の水族館で、海ガメが有名ですが、

 

隣の水槽に昔から、フンボルトペンギンが居て、10時の餌やりを見ました。

 

餌のアジを必ず頭の方から食べます、逆だと、のどに魚のエラが引っかかるからです、と飼育員さんが言われ、

 

よーく見ると本当にそうです。

 

ついつい夢中になるので、いつも、じつくんに、

 

おばあちゃん、次、行くで、と促されます。

 

日曜日は、なおちゃんたちと遊ぶ日。のんびり、しています。

 

今夜は、川のほとりの美術館の、十五夜の物語です。

 

残暑が厳しいですが、月を見れそうですね。

 

 

インスタントラーメン。

 

今日の神戸新聞の「正平調」に、チキンラーメンのことが綴られていました。

 

60年前の今日、チキンラーメンが発売されたのですね。

 

開発された日清食品の創業者、安藤百福さんは、

 

疎開先の兵庫県上郡で終戦を迎え、戦後の街の人々の窮乏ぶりを目にし、

 

「食足世平(食足りて世は平らか)」の信条で人生を「食」に捧げられた、とありました。

 

初めて知りました。

 

わたしが3歳のときにチキンラーメンが生まれたのですね。

 

小学一、二年の頃、チキンラーメンをよく食べた記憶があります。

 

エースコックのワンタンメンも、です。

 

日清焼きそばも、六年の頃によく食べました。

 

PL学園の寮生活では、サッポロ味噌ラーメン、塩ラーメンをよく台所で作りました。

 

その頃に、カップヌードルが発売されて、よく食べました。

 

チキンラーメンの、お湯を入れて

 

三分間待つのだぞ、のキャッチフレーズは、日本人の暮らしに溶け込んでいたと思います。

 

ずいぶん、ラーメンにお世話になったように思います。

 

今でも時々食べたくなるので、大抵は、地元のイトメンのラーメンを常備しています。

 

スーパーで衝動買いで備蓄用に、カップヌードルもストックにいくつか。

 

チキンラーメンの記事に、作家の曽野綾子さんが美味しいと思われて、

 

「昔の兵隊は泣くだろう、あと十五年早く、こういうものが出来ていれば、

 

生米をかじることもなくて済んだかもしれないから」と。

 

今日の記事で、ラーメンのことを想いました。