柏餅。

 

 

 

子どもの日に、食べそこねた柏餅。

 

今日は縫いの日で、朝、とも子さんから、

 

柏餅を蒸す準備をして持っていきますね、と

 

連絡をもらいました。

 

やったー!と返信しました。

 

縫いの会は、集まってすぐにお茶。

 

お昼ごはん、今日はポークカレーでした。

 

2時半ころにおやつ、という、ゆったりペースです。

 

お昼ごはんの時に、柏餅を蒸して、お湯を沸かして

 

柏の葉を茹でて、蒸しあがったお餅をくるみます。

 

とも子さんの手際の良さ、さすが!と我々は

 

ボーと見ていて、出来上がりを待ちました。

 

岩田さんは、

「しまったあ!カレーライスお代わりするんじゃなかった」と言いながら、3つ!

 

私たちは最高の柏餅を頂いてるねと、

 

みんな、ふーふーしながら言いました。

 

今日も、美味しい縫いの日でした。

五月の風。

 

今朝は快晴。

 

気持ちのいい風が吹いています。

 

五月の風。

 

昨日、愛子さんが館長を引き継いでくれて、

 

翌朝の空を見て、淋しさもなく、爽やかな空に

 

胸がすく思いでした。

 

未来に希望を感じる空です。

 

 

お父さんには、ゴーヤの苗をと、愛子さんがたちから。

 

今朝、じつ君も一緒に植えました。

 

「夏やなあ!」とじつ君が言いました。

 

 

引き継ぐ。

 

今朝10時に川のほとりの美術館に来て欲しいと

愛子さんが言いました。

 

こういう時は、あらたまって何か話しがある時で、

さて、何の話しだろうと出かけました。

 

座ると、手紙を渡されて、まず読んで欲しい、と言われ、愛子さんが思っていることを文章で読みました。

 

最初に水上村・川のほとりの美術館か20周年を迎えられたことがありがたいと思っている、と書かれてありました。

 

リニューアルしてから1年。

 

いっけん君と一緒に動き続け、今まで出会えなかった人たちや出会いたいと思っていた人に出会えた一年であったと。

この場所が繋いでくれたと、ありました。

 

これからの動きの中で、美術館という軸を大切に力を入れたいと思っていて、

人と出会い、展覧会の話しなどをしたい時、館長という「肩書き」の必要性を感じていたようです。

 

高橋の両親の終の住処として、岩田さんが発想してくれたフォークアート美術館は、

妹たちや、わたしたちの思いが形になり、沢山の方々に支えられた二十年でした。

 

その繋がりを愛子さんたちが引き継いでいきたいと申し出てくれて、一年が経ちました。

 

わたしが大分前から、終生、川のほとりの美術館の館長でいたいと言っていたので、

世代交代のとき、館長の名をそのままにしたのは、みんなの配慮だったと思います。

 

この一年は、実質的なこと全て、二人が動いていましたから、

わたしは、65歳くらいで、館長の名を外させて貰おうかな、と考えたりしていました。

 

館長を引き継がせて欲しい、という申し出を受けて、すぐに快諾しました。

 

本当は、一年前に、そうすべきことでした。

 

精一杯やっていきたいという愛子さんが川のほとりの美術館、館長を引き継ぐのは

嬉しいことです。

 

 

 

いま、愛子さんが、母の日と、これまでの感謝です、と花を持って来てくれました。

 

このへんの母が喜ぶことをしてくれる気遣いと優しさは、娘を褒めたい、と嬉しく思います。

 

館長の名をおろし、明日から

また、また日々の暮らしを楽しみたいと思っています。

 

 

 

 

子どもの日。

 

 

今日は、1日、孫たちと遊びました。

 

アイスクリームをおじいちゃんと4人で買いに行ったり、自転車で近所の公園に行ったり。

 

子どもの日なので、お寿司を作ることにしました。

 

散らしがいいか、巻き寿司がいいかどっちかなあ…

と呟いていると、そりゃあ、巻き寿司がいいなあと言う声がしたような。

 

おじいちゃんの声だったかな?

 

お寿司を巻く真ん前に座ったじつ君が、

 

「かあちゃんは、巻き寿司、好きやからなあ、

ぼくたちが食べる倍っくらいは食べるよ」と。

 

じつ君たちが喜ぶかなと思い、お寿司を作ろうと思ったんよ、とわたしが言うと、

 

「そりゃ、おばあちゃん。かあちゃんはおばあちゃんの子どもやから。

巻き寿司、かあちゃんが喜ぶで」と言うのを聞いて、そうやなあとうなずきました。

 

嬉しいことを言ってくれます。

 

子どもの日。

 

しみじみとして嬉しく。

 

 

 

思いも及ばない人生。

 

昨日お会いした、弓一さんの切り絵です。

 

日本に来られてから、神戸南京町で切り絵を目にされ、以来、

 

趣味として、ハサミやカッターで切り絵をされています。

 

中国の紙にとどまらず、カレンダーやチラシまで使って作られたたくさんの作品を見せていただきました。

 

日本に来られて20年以上になられます。

 

近所の公民館で毎年、色んな方々が出展される中で、

 

弓一さんの切り絵に感動された大塚さんが、

 

川のほとりの美術館に一緒に来てくださいました。

 

ご主人の弓一さんは中国人、奥さんのますみさんは中国残留孤児だった、と前もってお聞きしていました。

 

二階の農民画を見られたあと、一階で作品を見せていただき、

 

8人でテーブルを囲んで、お二人のお話しをお聞きしました。

 

今、ますみさんは、明石で日本語を習っておられますが、

 

最近、大塚さんがお家にお二人を招かれるまで、日本人の家に行ったことはなかったそうです。

 

弓一さんは少し日本語を話しされ、作品をみなさんに見てもらうのを喜んでおられました。

 

わたしは、ますみさんのお話しが聞きたくて、

 

子どもの時からの話を質問しました。

 

黒龍江省、牡丹江市で終戦を迎え、お父さんはシベリアに抑留。

 

お母さんが4人の子どもを連れて引き揚げるとき、末っ子で2才のますみさんは、

 

一人はぐれてしまい、中国人の養父母に育てられました。

 

中学校を出て16歳から働いて、職場で、弓一さんと出会い結婚。

 

1975年に、日本の両親に会えて、ご兄弟から、引き揚げのときのことを聞かれたようです。

 

92年。日本に住もうと意欲的なご主人と一緒に、福岡へ。

 

そこで研修を受けた後、中国で、皮の仕事をされていたこともあり、姫路へ。

 

全く、親戚知人もない未知の姫路へ住み、79歳、77歳になられました。

 

二人の子どもさんのうち、娘さんは、中国におられ、息子さんは、姫路に。

 

子どもの頃、イジメられなかったかと、少し、立ち入ったことも、お聞きしました。

 

少しは、イジメられたけれど、養父母は、あまり自分を日本人と言われなかったそうです。

 

 

優しい両親でした、とますみさんはしずかに語られました。

 

ご主人のご家族のこともお聞きしました。

 

短い時間では語りきれない気持ちがおありになると思いました。

 

詳しく聞いたとしても、到底、分かり得ない、

 

思いもよらない人生です。

 

お二人が優しい笑みで対してくださることは、長い年月の上にあります。

 

今日は、一日中、納屋の片付けをしましたが、

 

ずっと、お聞きした話が胸の中にありました。

 

 

 

嬉しい出会いの日。

 

今夜1時間前くらいに、

 

山田町の穂積さんのお宅から戻りました。

 

今朝10時には、川のほとりの美術館で、日本に帰化された中国人ご夫婦とお会いしました。

ご主人は、中国人、奥さんは、中国残留日本人で、

20年前から姫路に住まわれています。

出会いを橋渡ししてくださったのは、松村先生と大塚さんです。

 

夕方にも、久しぶりに会えた方もあり、

書くことがたくさんで、明日以降に書くことにしました。

 

お伺いした穂積さんのお宅で、家族全員揃われたところにお邪魔して、

こんな風に、ケーキを準備してくださっていました。

 

加西のお友達のケーキ屋さんに頼まれたようです。

 

今日は、たくさんお話しを聞いたり話したり。

 

そんな出会いの日でした。

 

 

白い花。

                                                                                                                    姫うつぎ

 

今日は、久しぶりに晴れました。

 

二階の窓を開けて、二階から一階と、お掃除するのも気持ちいいです。

 

庭の花々も、たっぷりの雨で元気です。

 

数日前に、白い花を撮影したもの、今日撮ったものも一緒に載せました。

 

毎年のように、決まった時期に花を咲かせて、

心和ませてくれます。

 

言葉は発しないけれど、「今年も元気です」と

言ってくれている気がします。

 

 

                                                                                                                    除虫菊

 

 

                                                                                                           タツナミソウ

 

 

                                                                                                                      スズラン

 

 

                                                                                                              カモミール

 

 

                                                                                                                     ウツギ

 

ウツギだと言うことが不確かで、またまた図鑑などを見ましたが、多分、そうだと思います。姫ウツギと葉っぱが違います。

 

 

                                                                                                                     白山吹

母、春美さんが好きな花でした。

 

 

                                                                                                                     源平菊

 

 

                                                                                                                 白花シラン

 

濃いピンクのランはよく見ますが、珍しい白のシランです。

 

 

                                                                                                             野生のスミレ

 

家の北に咲いています。以前は紫のスミレが多かったのに、今年は、白ばかり。

不思議です。

五月一日。

 

今日、川のほとりの美術館は、開館二十年を迎えました。

 

続けてこれたのは、訪ねてくださる方々に支えられたからでした。本当にありがとうございます。

 

そして、昨年、世代交代をしましたが、家族の協力があったからと思っています。

 

 

今日、川のほとりの美術館のパンフレットを手渡されました。

 

ページをめくり、文章や写真を見て、

 

いっけん君と愛子さんが作ってくれたことが嬉しく、

 

二十周年の素晴らしい記念になりました。

 

「水上村・川のほとりの美術館は、物語を紡ぎ、つなぐ場所でありたいと願っています」と書かれていて、

 

私たち夫婦がそう願っていたことが、繋がっていることを思い感謝しました。

 

今日、川のほとりの美術館に行くと、こいのぼりが泳いでいました。

 

あいにくの曇りですが、毎年のこととして、

 

こいのぼりを見ると、清々しい気持ちになります。

 

今日から令和。

 

テレビは、賑やかに奉祝を告げる中、

 

我が家は、お朔日の朝粥で、たけのこ粥です。

 

ささやかに、桜茶を添えました。

 

今月も、そして、これからも元気で、と。

 

 

 

 

変わらずに。

 

 

お昼に妹の美穂がやって来ました。

 

洋裁材料店で働いていますが、お客様に生地を選んでもらい、ワンショルダーのエプロンをその場で

縫ってお渡しするという会社の方針が出たようです。

 

裁断、縫いを予習しておきたいと生地持参です。

 

お昼前にやって来るからと、アゲを炊いて、岩田さんと三人でキツネうどんとおにぎりを食べました。

 

朝から来るのではなくて、接骨院に行ってから行くわ、と呑気で憎めない妹です。

 

エプロンを縫い、3時にティータイム。

 

お姑さんが痴呆が出始め、夫の健康や、息子のことや苦労をしていますが、

美穂は変わらず明るく優しい人です。

 

今日で平成が終わり、新しい時代へと変わります。

 

とはいえ、今日がそうであったように、

何も変わらないのがいいな、と思います。

 

今晩は、餃子を今から作ります。

 

昭和に買った無水鍋鍋セットの、放っていた浅め鍋を出して磨きました。

 

 

これで餃子を焼いてみます。

 

というようなこんな毎日です。

 

変っていくものもあります。

 

年々、年をとって、体調もかわっていきますが、

 

岩田さんは、変らずに毎日ヘラヘラつうしんを書き、版画を彫り。

 

わたしも日々、いろんなことを楽しみながら

 

暮らしていきます。

 

元気でいることが、何よりありがたいと、

 

今、思っています。

 

 

真希子さん、来たる!

 

金沢から、20年近く会っていなかった真希子さんが、ご主人と一緒に訪ねて来てくださいました。

 

広島の実家に帰る途中です。

 

真希子さんは、25年位前に、獨協大学大学院に来て、北陸の知人に教えられて、私たちを訪ねて来てくれて。

 

初めて来られた日のことは、よく覚えています。

 

真希子さんに、岩田さんの本の整理とデータ化をしてもらい、お礼は、毎日、わたしのごはん、ということになりました。

 

一年続いたあと、真希子さんは、わたしの食事をデータ化してくれました。

 

傾向は煮物が多い。美味しい!と書いてくれたように思います。

 

いつも腹ペコの苦学生の真希子さん。

 

そのあと、さらに大阪の国立大学へ行き、

 

10年間は、新潟の大学で、外国人に日本語を教えていました。

 

2年前に結婚しました、と紹介されたご主人は、

 

高岡法科大学の先生です。

 

会って二週間で結婚した、というから驚きました。

 

出会いのきっかけは、連句、というのです。

ご主人は、松山出身で、なるほどと思いました。

 

真希子さんは、いまは金沢大学の先生です。

 

ご夫婦共々、外国人に日本語を教えておられる学者です。

 

「美樹さんにご馳走になったように、わたしも、

外国の学生たちに家で料理をふるまってます。

それが、お返しだと思っています」。と真希子さんの言葉に、涙が出そうになりました。

 

幸せそうなお二人を見て、本当に嬉しかったです。