夏の終わりに。

 

 魚橋さんにどっさりいただいた、玉ねぎとジャガイモ。

分けたり、毎日、料理に使わせていただきましたが、大きなザルにまだまだあります。


玉ねぎから少し傷んだ匂いがして、ジャガイモは芽が出始めて。


暑い夏を、この野菜も乗り切ってくれたなあ、と。

きれいにそうじして、最後まで美味しく頂こうと思いました。


玉ねぎは、皮を剥くと、黒カビがでたり、腐ったりしていましたが、きれいに取り除き、洗うとピカピカの白い顔をみせてくれます。

大量の野菜そうじ。

バシバシ皮をむき、切る、いさぎよさが気持ちよくて好きですねえ。


ジャガイモは芽を取り洗って茹で始めました。


玉ねぎとジャガイモ。


これはコロッケだ!と決めました。


いいタイミングに、妹の美穂から電話で、主人が夜勤で一人らしく、一緒にうちでご飯食べようと誘いました。


下準備が出来た頃、美穂がやってきて、コロッケを一緒に作りました。


「美穂ちゃんが来るとご馳走やなあ!」と、岩田さんも嬉しそう。


夏の終わりの土間そうじの賜物の、久しぶりのコロッケです。


ビールを飲みながら、最高!



かご編み。


今日は、川のほとりの美術館で、森松治さんのかご編みワークショップの日でした。


まもなく三年になります。


写真左は昨年夏に編んだかごで、森さんにお願いをして、柿渋を塗っていただいて、今日、持ってきてくださいました。米袋の口に使われる再生紙のテープでかご編みを習ってきました。


右の方は、布を使ってみました。

絣の布は宏子さんの形見です。


森さんからいろいろな編み方を教わりましたが、

ござ編みと網代編みが、好きです。


途中、諦めかけたときに、森さんが励ましてくださって、なんとか編めるようになり、今は楽しく手を動かしています。


秋、11月に、川のほとりで森さんと仲間の作品展をします。

かご編みを楽しんできた、それぞれの作品を、あと2カ月で、仕上げです。

カバー。


今日はいい天気なので、座椅子やクッションのカバーを外して洗濯して、本体も外で日光消毒です。


外すときもけっこう大変でしたが、カバーをつけるのがもっと大変で。


無印良品の座椅子、ひとつは本体が薄いつるんとした布で包んでありますが、もうひとつはクッションのままだし、ファスナーがLの字で口が小さくて。

デザイン上はいいけれど、何故滑りの悪いクッションに直接カバーをしたのだろう、と思います。


指が痛くなるほど、引っ張り押し込み、途中であきらめ捨てようかと思いましたが、イヤイヤ、カバーがつけてあるのだから、絶対入るはずと、一からやり直し、やっとできました。


わたし、カバー掛けが、面倒くさくてキライです。みんな、どういう風にされているのか気になるところです。


人権教育学習会。

 

今夜、校区人権教育 町別学習会がありました。

 

中学校、小学校の先生、自治会役員と任意参加者で

人権啓発映画「認知症と向き合う」を観ました。

 

東映の30分の映画でした。

 

三人家族に認知症の義母が同居というお話しです。

 

参加者は、年配の人も多いし、今、介護をしている世代もおられるかもしれません。

そして、自分もまた認知症になるやも、という思いもあり、皆さん、真剣に観ておられました。

 

映画の中で、認知症の家族の会で、クリニックの先生が話しされるシーンがありました。

 

「認知症になっても、その人は変わらないのです。

間違ったことを言っても、その人にとっての事実なのです。

感受性は鋭敏で、プライドもあるのです。」

 

予期せぬ映画会でした。

 

むかし、自宅で子ども文庫をしていた時、16ミリ映写技師の資格を得て、

市の視聴覚センターから映画を借りて、毎月映画会をしていました。

 

文部省推薦の映画は、真面目で、啓発映画が多いけれど、子どもたちは楽しみにしていました。

 

今夜の映画も、暗い状況から始まったけれど、明るく終わりました。

 

こううまくはいかないと、多分、皆さんも思われるだろうけれど、

そうあればいいなあ、という希望を抱くための、啓発なんですね。

 

こんな機会も、婦人部役員になったおかげですね。

 

普段観れない映画を鑑賞できました。

 

 

雷が鳴るぞ。

 

 朝から昼までかかって、流しの引き出しの整理をしました。

土間にストックしていた食品を、空いた引き出しに入れました。

 

「ここに、ラーメンも食べ物も入れてるからね」と岩田さんに言うと、「

「今日、雷が鳴るぞ。」と笑いながら言い、

最近、そういえばよく雷、鳴ってるな、とも。

 

そうこうしていたら、岩田さん、昼寝をしないで仕事部屋を掃除し始めました。

 

コピー機のトナーインクが無くなり、メンテナンスに来てもらうために、片付けていたのです。

まもなく、TOSHIBAの車が来て、トナーを交換してもらえました。

 

夫婦ともに、片付けとは。

 

こりゃ、雷、鳴りまっせ。ハハ。

 

 

小銀杏さんのぶどう。

 

「初めてぶどうが成っているのを見て、涙が出ました」と、松本さんのお母さんが言われました。

 

今日、川のほとりの美術館に、お母さんがぶどうを、届けてくださいました。

 

私たちは、松本さんを、「小銀杏さん」と、親しみをこめて呼ばせてもらっています。

 

小銀杏さんは、初めてお会いした時も、長い髪を後ろに束ね、長身でハンサム。

髪型から、小銀杏、という名前が付いたと思っているのですが。

 

加西市にお住いで、神戸のフッション学院の先生をされていたのが、昨年から、ぶどう農家に転身。

 

今日届けていただいたのが、初めて出荷されるぶどうです。いわば、一年生。

加西のぶどうの組合で、規格や値段が決められているそうで、いまから、九月中旬まで出荷されるようです。

 

小銀杏さんのお友達が、ぶどう作りをされていて、お手伝いにも行かれていましたが、独立されて、

土作りから育成、収穫まで、たいへんだったと思います。

ぶどうの実を害虫や害獣から守るご苦労があったことでしょう。

 

息子さんが作ったぶどうの箱を抱えて入ってこられたお母さんは終始笑顔でした。

 

母親思いの息子さんだといつも思っていました。

 

お母さんは、息子さんのそんな思いを感じて、ぶどうが初めて成ったのを見て、胸いっぱいになられたのでしょう。

 

今日、夕食後にいただきました。

ベリーA、甘くて美味しいです。

 

川のほとりの美術館で、販売させていただくことになりました。

いっけん君にお問い合わせください。

 

一年に一度の秋の味覚。

親孝行の小銀杏さんのぶどうは、やさしい味がしました。

地蔵盆。

 

今日は地蔵盆で、午後1時から自治会役員と婦人部三役が集まりました。

 

婦人部は例年、地蔵堂の掃除、お飾り、供えものを並べます。前年度までの写真を見ながらです。

 

炎天下、久しぶりに大汗かいて、三人とも、熱中症寸前でした。

 

初めてお地蔵さんの帽子と前だれを取って、お地蔵さんを洗わせてもらいました。

 

ありがたい経験をさせていただいたなあと思います。

 

一旦家にもどり、夕食の準備をして、5時半に再び集合。

 

お茶の接待の準備をして、三役は、6時からの御詠歌の列に加わらせてもらいました。

 

 

般若心経、西国33か所、西院の河原和讃、黒谷和讃。

旧老人会、今の生涯クラブの方について御詠歌を。

岩田の母から本を借りて参加したことがあって、二回目です。

 

一旦帰宅し、夕食を食べて、8時にまた片付けに行きました。

明日は、朝6時半集合で、7時から御詠歌が始まります。

 

そんな、地蔵盆の今日、岩田さんは、古稀の誕生日を迎えました。

 

朝起き抜けに、おめでとう!と言って、プレゼントを渡しました。

 

 

安西さんが、午前中に祝いにうなぎを持ってきてくれて、キュウリを塩もみして

冷たく冷やして、うざくに。

 

何日か前にどんなご馳走にしようか?と聞くと、

「赤飯だけでええわ」というので、昨日から仕込み、夕方に炊き上がりました。

 

お地蔵さんへ行ったり帰ったりで、その合間にピーマンとちくわを煮て

夜7時に帰って食事をしました。

うなぎをいただいていたので、ご馳走になりました。

 

 

 


夕方にケーキの大陸さんの工場長の福永さんから、

バースデーケーキが届きました。

 

先日、もうケーキでお祝いしてもらったから、とお断りしたのですが、

家族みんなで食べて、とわざわざに。

ありがたいことです。

 

今日は、一日、地蔵盆で忙しくしていました。

御詠歌を詠いながら、『ああ、こんな日に岩田さんが生まれたのだなあ』と思いました。

 

ふと地蔵堂を見ると、左の柱に板が打ち付けてあって、

それは、岩田の父が、ガン末期で入院していた高橋の父に、

『おんかかかび・・・』と字を書いてほしいと持ってこられたものです。

 

もうとっくに、墨の字が消えているのですが、外されないでそこにあります。

 

岩田の父は、だれにも頼まれもしないのに近隣の地蔵堂の修理をされていました。

 

そんな父たちがいて、今のわたしたちがいることを感謝しないではいられません。

 

岩田さんの、人に頼まれもしないことを一生懸命するところは、お父さん譲りです。

 

これからも、体をいといながら、毎日コツコツと書き、彫り、歩き、見て、

 

お互い元気で年を重ねたいと願っています。

 

そんな祈りを、お地蔵さんはにっこり笑っておられるような気がします。

 

 

 

きれいサッパリ。

 

昨日のブログに書いた、母のドレッサー。

 

ことの顛末は。

 

「そうだ、前に行ったことのあるリサイクル屋さんに、行って、話すだけ話してみよう」と思い、

今日、生涯大から戻りすぐに行きました。

 

高木橋のふもと、うちから近くにある倉庫に行くと、女性が一人おられ、

ドレッサー引き取って欲しいと頼むと、了承して下さって。

 

さっそく、男性が軽トラで来て下さいました。

 

その倉庫にある、あらゆるモノは、主に東南アジアに行くそうです。

 

今日は粗大ゴミの日で、雷が止んでから出しに行きますが、ドレッサーが壊されないで、どこかの国のどこかの家で使われるほうがよかった、と思いました。

 

昨日とさほど変わらないようにも思いますが、

何も無くなった部屋は、きれいサッパリ。

 

軽トラに乗ったドレッサーに、ありがとう、と感謝してお別れしました。

母の形見。

 

一階の和室に、家具が三つ。

 

ひとつは、岩田の母が使っていたタンスで、絵を入れています。

二つめの整理ダンスは、愛子さんが使っていたもので、今日、二階へ移動しました。結構ハードな仕事でした。

 

もうひとつのドレッサー。

母、春美さんが使っていた形見です。

 

ドレッサーの前で、化粧はしませんし、物入れと、かばんなどの物置きにしていました。

 

ドレッサー、妹たちも要らないと言います。

 

ずっと、捨てられずにいました。

 

しかし、和室に何も置きたくないと思って片付け始め、いよいよ決断かな、と思い、使ってもらう人があればと、リサイクル業者さんに見てもらうと、引き取れないと言われました。

 

今は、ドレッサーの需要が少ない為もあるようです。

 

綺麗に拭いて待っていたのですが。

 

あとは粗大ゴミ、ですか。

 

このドレッサーが、母が愛着があったかどうかは本当のところは分かりません。家具屋さんに働いていたときに買ったものです。

 

使わないけれど置いておく、ということを迷うのは他にもたくさんあります。

 

流行の断捨離、ではないのですが、ひとつづつのモノを手にして、これから使う?使わない?と考えたり、それ以上に、好きかどうかが大切だと思っています。

 

母のモノは、とくに迷います。

 

さあ、どうしましょう。

 

 

日曜日の朝。


朝9時。婦人部の会計の江崎さんが、うちに来られました。


昨夜、盆踊りで一緒にお手伝いをして、その翌日です。ご苦労さま、とお互いに。


十一月に婦人部旅行を企画していて、予算のことで、最終決めねばならないことがあり、今月中に、町内に旅行の案内をしなければいけません。


まだ先だと思っていたら、去年の資料で、二カ月前に町内案内していました。


三役でなく、とりいそぎ会計さんと二人で相談することにしました。


先日片付けた部屋で、サイフォンでコーヒーを淹れてお話ししました。


なんとか、予算の話も終わりました。


案内文は、わたしが担当します。

地蔵盆は二日間お世話係で、婦人部の仕事が、今週、続きます。


役員さんと、気心が知れ、少しづつ親しくなるのが、嬉しいです。