クリニック。

 

 

今朝は、延び延びにしていた、ミンミン、モンモンの狂犬病予防接種とフィラリア検査に出かけました。

車の窓から、2匹がのぞいています。怖くてオドオドしています。

 

朝一番ですが、もう何組か来られています。

わたしが行ってしばらくすると、次々車が増えて。

 

二日前に、ミンミンの顔の鼻の右側が腫れているようで、診察もしてもらいました。

 

思った通り、歯槽膿漏の悪化です。

11日に抜歯して頂くことにしました。

以前、麻酔して歯石を取りましたが、すぐに元通り。

11日のための麻酔前検査で採血。

フィラリアの検査採血で、十二月まで毎月飲ませる予防薬は小さな肉みたいな薬で、一個1600円くらいです。

半年分ですから高額です。

 

予防接種2500円、フィラリア検査は4500円。

抜歯前の化膿止めクスリなど、2匹で29000円と少し。ギョギョッです。

 

帰宅して、今度は、わたしが耳鼻科へ。

10時半くらいに行ったときは、10人足らずが待合室におられたのが、

土曜日は、午前中診察なので、どんどん、人が増え、立っている人までいます。

 

1時間半くらい待ったと思います。

 

診察はすぐに終わり、鼻の治療は、今日で終わりました。

あとは、呼吸器科での投薬と治療になりました。半日、クリニックでした。

ひとつ終わりやれやれ。

 

美味しいモノを食べたいなあ!と言うと、

それならと、今夜は、焼き肉宝城園さんに行きました。

 

ここも土曜日で、大賑わい。

まあ、クリニックが人でいっぱいよりいいですね。

活気が美味しそう、と思えます。

 

うん!元気が出ました。

 

 

 

健康と元気。

 

今日は朝から耳鼻科、呼吸器内科に行き、帰ったら1時でした。

 

信号待ちの車の窓から、建設の足場を組む若い人が、先輩の指示に、ハイ!と答えている姿に目がいきました。

 

ああ、元気やなあ!と思いました。

 

力仕事に励む姿は、いいですねえ。

 

ひと月足らず、熱だの咳だのと、すっきり良くなりません。

 

まいった、まいった。

 

気持ちは元気だと思っていても、

 

病気をしたら健康とはいえないだろうしなあ。

 

健康と元気。

 

うーん、と考えています。

 

今日は、嶋津さんが、野菜を届けてくださいました。

 

元気な野菜です。 

 

今日も、美味しくいただきました。

 

赤そら豆ごはん。

 

口の中で甘さが広がりました。

 

 

 

 

許東華館長 追悼

 


 

ホドンファ館長訃報のお知らせ

 

「今まで本を30冊以上出版した中で、今日のように感動的な出版は初めてです。

 

最後の出版記念会を健康な姿で迎えられるよう祈祷していました。

 

望みはかなわなかったが、このぐらいでも座ってささやかな出版記念会を持てたのは私にとっては光栄で、奇跡です。 

 

それも一冊ではなく、七冊にも及んだ文集は、ひときわ感謝と喜びが大きいです。

 

この文集は私の生涯において、記念になるだけでなく、少なくは、韓国社会の、大きくは国際社会の文化界に多少役になればいいと思います。

 

本を開いて見ようとすると、しきりに咳が出るのを見ると、(神が)話を短くせよとおっしゃっているようです。

 

私は死を迎えるとき、冷静でありたいと願ってきました。

 

私の人生が少しでも人類社会に役立つことを希望します。

 

すべての方々がお元気で天国を望みながら暮すように祝福してくださることを神に切にお祈りいたします。

 

そして皆さんが私のように死が悲しみではなく、喜びだということを体験することをお祈りします。

 

ありがとうございます。」

 

(亡くなる22時間前に病室で持った小さな出版記念会で許館長の言葉を録音したものです。)

 

ホドンファ館長が過日、2018年5月24日亡くなりました。

 

故人の遺言によって殯所もこだわることなく、訃報も知らせない点を大目に理解してください。

 

館長は別れを悲しむことより、与えられた使命を喜びで成し終えた館長の情熱を記憶してくださるように願いました。

 

葬儀は家族と親戚が集まって牧師様の導きによって家庭と喪屋、追悼公園で進めました。

 

館長にこの地でお目にかからなくなったことは残念な気持ちで一杯ですが、家族たちには葬儀のすべての過程が恩恵で祝福でした。

 

館長の願いによって今は神様のそばであなたの望みの天国の花園の庭師を喜びとして働いていることを信じます。 

 

館長の一生で、良い友達になっていただき、喜びはもちろん、時には難しい時期も一

緒にしたすべての方々に館長に代わり、深く感謝をお伝えて申し上げます。

 

家族一同

 

 

 

 

昨日から、一日かかって、恩師の全先生と訃報文を翻訳しました。

 

許東華先生が「死を悲しみでなく、喜びであること」と、人生の最後に

わたくしたちにメッセージを残してくださったことは、

心揺さぶられました。

 

素晴らしい方にお出会いできたことを、今更ながら、思います。

 

訃報を翻訳させてもらうことは、先生への感謝と愛と、

追悼です。

 

1976年に韓国刺繍博物館を建てられ、生涯をかけ私財で

刺繍やポジャギを集められました。

 

ポジャギが韓国を代表する文化になったことは、

92歳で生涯をとじられた、先生の功績です。

 

先生に教えていただいたことがあります。

 

「なぜ、ポジャギに鳥や虫の刺繍が多いと思いますか?

 

鳥には羽がありますね。それは、飛んで天国に行けますようにという庶民の願いなのです。」

 

 

 

天国で笑っておられる先生のお顔が見えるようです。

 

 

 

 

 

 

 

訃報。

 

昨夕、韓国刺繍博物館の、許東華館長が亡くなられたことを知りました。

 

24日に亡くなられ、ご家族で葬儀を済まさせたようです。

 

訃報のお知らせを、ご家族が文で綴られています。

 

21日に奥様とお話ししたことを思い出し、悲しく、淋しく、昨夜は寝付けませんでした。

 

いつしか眠り、夢の中で、許東華先生と奥さまとご一緒でした。

先生は、そばに居てくださった、と思ったとき、

もうこの世におられないのだと、涙が流れました。

そして、天に向かいお祈りしました。

 

色々な思い出が蘇り、川のほとりの美術館を

許東華先生がどんなに大切に思って下さったかを、今更ながら感じます。

 

いつか、お別れが来ることは分かっていましたが、

何とも言えない寂しさが心から離れません。

 

しかし、訃報の文章に、許東華先生らしさを感じ、

感動しました。

 

ハングルなので翻訳しましたが、直訳では少し意味が違うように思い、わたしの韓国語の恩師の全先生と、今夜10時ごろに、また、翻訳を検討することにしました。

 

訃報を掲載させていただき、

長い年月で、許東華館長とお出会いされた方や、

92歳で亡くなられた人生最後のご様子をお伝えして、ご冥福をお祈りしたいと思います。

 

翻訳完了次第、夜でなく、明日の朝に掲載させてください。

 

写真は、古い農民具で作られた、許先生のオブジェです。

亡くなる寸前まで、コラージュ、オブジェ、そして、今年一月からの、論文集制作に心傾けられていました。

 

 

嬉しいこと、ふたつ。


二階の窓から、庭に居た岩田さんに、

ゴム長靴を履いて、川べりの大きな草を抜いてかあ、と頼みました。


「二階から言うとは、上から目線やなあ!」と、

じいちゃんを擁護する、じつくんにまで言われてしまい。トホホ。


早速、ゴム長を履き、岩田さんは、川にじゃぶじゃぶ。


気になるので、わたしも抜くのを見ていました。


「あ、それ、ホトトギスやから、抜かないで」とか、何回か口出ししてしまいました。


いつもだったら、むっとするところでしょうが、

川に入らないと出来ない草抜きなので、仕方ないと思ってくれたのかもしれません。


綺麗になって、ホッと嬉しくなりました。



カシワバアジサイや山アジサイの葉が元気。

花も見頃です。


今朝、嬉しい手紙を受け取りました。

嬉しい事、ふたつ目です。


手紙は昨日、初めて川のほとりの美術館に来てくださった、マリさんからです。


ご実家が加古川で、ここ5年くらいは単身で帰国され、姫路まで足をのばしてくださいました。

地球の裏側のイギリスに住んでおられ、偶然に、わたしのブログを見てくださって、毎日楽しみに見てくださっているそうです。


本当は、お便りのカードもブログに載せたかったのですが、切り絵アーティスト、イラストレーターのお仕事をされていて、東京で個展された案内カードの作品を無断で載せてはいけないと思いました。


インターネットが普及したので、イギリスから日本や世界の友人知人、親戚と繋がることが出来ることを喜んでおられます。

川のほとりの美術館のことも、よく見てくださっています。

マリさんにお会いすることは出来ませんでしたが、

嬉しい手紙の一部を載せさせて頂きます。



「どうして美樹さんのブログに魅かれているのだろうといろいろ考えます。

実家からそんなに遠くない場所で、こんな素敵な活動をしていらっしゃることに感動することしきり。


その上に美樹さんのさりげない日常生活の描写に散りばめられた様々なメッセージに心打たれたり、ほほえんだりするのが、私の日常にうるおいを与えてもらってるからでしょうね。

これからも楽しみにしています!」


思いがけないお便りに感動し、励まされました。

ありがとうございます。

活ツバス 天然モノ。

 

今日、買い物に出て、40センチくらいの大きさの

活ツバスに目がとまりました。

 

一尾580円、鳥取 天然物。

目が生き生き、新鮮!そして安い。

 

ニ尾を三枚におろしてもらい、アラも貰いました。

 

夕食は、片身をシャブシャブにしようと、料理にとりかかりました。

 

昨日読んだ、暮らしの手帖の中の、

土井善晴さんの、「汁飯香のある暮らし」を思い出し、

まず、手を洗い、シンクを綺麗にし、まな板、包丁、布巾を準備して、魚に向かいました。

 

気持ちがシャンとするのがわかります。

 

嗅覚がないので、料理する気持ちがちょっと減退していましたが、

今日のツバスを見て、元気が出ました。

 

だから、今日はありがとう、という気持ちで、調理しました。

 

 

お酒を入れず、昆布の出汁でシャブシャブ、三日連続ですが、冷やしそうめん、もずく。

 

美味しい夕食になりました。

 

 

 

 

一日、ゆっくり。

 

よくなりかけた、と思っていたのに、咳は止まず、

昨夜、また、38度以上の熱が出ました。

 

身体がしんどく、一時間おきに目が覚めて。

 

あー、なんでやの?と少し情けない気持ちになりましたが、

いやいや、仕方ない、ゆっくり治していこうと気をとりなおして。

 

朝4時ごろに、いつも、モンモンが吠えて、散歩を促します。

昨夜から、岩田さんに、散歩を頼んでいました。

 

やはり、4時過ぎに、鳴き声。

岩田さんを起こして頼みました。申し訳ないなあと思いながら。

 

朝には、熱がひきましたが、まだ微熱があります。

 

朝から寝たり起きたりして、ベッドで、暮らしの手帖を読み始めました。

 

昨年の6.7月号です。

 

記事にぐいぐい引き寄せられます。

 

暮らしの手帖は、一冊まるごと、暮らしや人生の指南、って感じがします。

 

そして、何より、面白くて、楽しい。

 

あー、こんなこと、やってみたい!と思い、気持ちが弾んでくるのです。

 

今、まったく嗅覚がなく、食欲が減退してますが、

体を休めて、元気になりたいなあと思います。

 

料理も掃除も、元気でなくてはできないですから。

 

ここしばらくは、元気、ということのありがたさを

思っています。

 

二階から見る庭の緑がきれいです。

田植え。

 

今日、ハングル講座から帰ると、

家の北の、中澤さんの田んぼの田植えが終わっていました。

 

先日来、畔の草刈り、苗の準備、水口から田んぼに水を引き入れ、代掻きもされていました。

 

今朝からご家族総出で、田植えの準備をされていて、いよいよやなあ、と思っていました。

 

「一回も田植えをせずに 六十年」豚骨

 

昨日に引き続き、また、俳句です。

 

席題が、田植え、でした。

 

安西さんが「えー?六十歳か!?」と、合いの手。

 

ハハ、語呂がいいので、三歳、サバよんだわ、と応酬。

 

一回も田植えをしないで、毎日まいにち、

美味しいごはんをいただいています。

 

その上、よそ様の田んぼの田植えを楽しみにさせていただいてもいます。

 

田んぼの横を通られた中澤さんに、

ご苦労さまです、写真を撮らせてくださいと、

お願いしました。

午前中に、終わられたんですか、と問うと、

「いま、もうひとつの田んぼが終わったところです」と言われました。

 

作業を終えられたあとの笑顔。

 

村の中で、頑張って米作りをされている数少ないおうちです。

 

わたしが保城に来たときは、ずいぶん、田んぼがあり、

水上村の名前に合っているなあ、と思ったものでした。

 

韓国のポジャギを許東華先生からお借りした、

10年続いた、一回目の展覧会に、ソウルからご夫妻が来てくださり、

家の二階の6畳の和室に泊まっていただきました。

 

翌朝、許先生が、

「昨夜は、畦道で眠っているようでした。

わたくしの、故郷を思い出し、眠れませんでした」と、感慨深く話されたことを、わたしは忘れません。先生も奥さまも、北朝鮮で生まれられ、戦後故郷に帰っておられないと思います。

 

蛙の大合唱は、ソウルでは聞くことができないので、

とても感動されたのです。

 

許先生の家の号は、糸田、サジョンで、韓国語で畦道という意味なのです。

初めてのお出会いで岩田さんの版画集、あぜ径をお渡しすると、

とても驚かれて、僕たちは、兄弟ですね、と言われました。

 

 

 

さて、今夜から、どこにこんなに隠れていたの?と思う、蛙たちの大合唱が始まるのでしょうか。

 

田植えが終わって、夕方。

 

ほっといっぷくの、風景が広がっています。

 

 

走り梅雨。

 

昨晩は、骨派句会でした。

 

前もって出される、いわば宿題のようなお題の、 

兼題が、「走り梅雨」でした。

 

走り梅雨 し残したこと 二つ三つ   豚骨

 

豚骨、わたしの句です。

 

四月五月、なんやかやしているうちに、

先日の走り梅雨や、もうすぐ梅雨入り。

 

まだ、冬モノを洗濯して、しまってないし、

夏モノの入れ替えもしていないなあ、というようなここしばらくを詠みました。

 

洋子さんが、共感してくださって選句してくださったのは、やはり、主婦の実感かな。

嬉しかったです。

 

人生において、し残したこと、とまでは言わず、

日頃のこと、としたのですが。

 

「老いの予感 ふたつみつよつ 走り梅雨」

 

この句。

 

そうです、軟骨事、岩田さんの句で、

昨夜の句会の、最高点、「天」でした。

 

 

ウヌヌ…。

 

ふたつみつよつ、と、二つ三つ。

 

似てますがな。

 

まあ、内にあるもの、味わいは、やはり、軟骨!

 

そんな今日。

 

昨日に引き続き、井上さんが粘土などを取りに来てくださって、気になっていることが少し減りました。

 

梅雨に入る前に、なんとか、咳も治し、冬モノ、片付けまっせー!

 

 

貰ってもらう。

 

 

もう20年近く前に、陶芸家の松田さんからいただいた、釉薬の原料や、沢山の粘土を、

若い陶芸家の井上さんに貰ってもらいました。

 

いつか、作ろうと思いながら、溜まった材料です。

 

一回で済まず明日にも。

 

喜んででくださっている様子です。

活かしてくださるのが、何よりです。